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福岡地方裁判所 平成5年(行ウ)12号 判決 1993年10月28日

福岡県甘木市大字甘木二三七九番地の一(F-二三八)

原告

坂田憲治

福岡県甘木市大字菩提寺字中の坪五六五番地の一

被告

甘木税務署長 宮村義人

右指定代理人

松江長次

同 白濱孝英

同 内藤幸義

同 荒津恵次

同 福田寛之

同 納冨文隆

同 田島政美

同 岡正克

同 秋田猛

主文

一  本件訴えのうち、原告の平成三年分所得税について、被告が平成四年七月二四日にした延滞税の賦課決定処分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告の平成三年分所得税について、被告が平成四年七月二四日にした更正並びに加算税及び延滞税の賦課決定処分を取り消す。

二  原告の平成三年分所得税について、被告が平成四年九月一八日にした督促処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告のなした更正処分等が、原告に給与所得控除及び寡夫控除を認めなかった点において、日本国憲法一四条一項等に違反すると主張して、原告が被告に対し、右各処分の取消しを求めた事案である。

一  争いがない事実及び証拠(甲三ないし五、乙一、二)上容易に認められる事実等

1  本件各処分の経緯

(一) 原告は、法定申告期限内の平成四年三月一六日、原告の平成三年分の所得税の確定申告書に、総所得金額を九三万〇〇二六円(原告の平成三年分所得税青色申告決算書(乙一)記載の所得金額一五八万〇〇二六円から、原告が給与所得控除に該当すると主張して控除した六五万円を差し引いた金額。)と、所得控除の額を七五万五五四五円(寡夫控除三五万円を含む。)と、課税される総所得金額を一七万四四八一円と、申告納税額を一万七四〇〇円とそれぞれ記載して、これを被告に提出し、平成三年分の所得税の申告をした。

(二) 被告は、平成四年七月二四日付けで、右申告に対し、原告の平成三年分の総所得金額は一五八万〇〇二六円であり、また、原告は所得税法二条一項三一号の二に規定する「寡夫」に該当しないので寡夫控除は認められないとの理由で、納付すべき税額を一一万七四〇〇円と更正するとともに、正当な理由に基づかないで納付すべき税額を過少に申告したとして、国税通則法六五条一項に基づき、一万円の過少申告加算税を賦課する旨の決定(以下右更正処分を「本件更正処分」と、右過少申告加算税賦課決定処分を「本件加算税賦課処分」といい、これらをあわせて「本件課税処分」という。)をし、そのころこれを原告に通知した。

なお、本件課税処分の通知書には、この通知により新たに納付すべき本税一〇万円については、確定申告期限の翌日から納付する日まで年七・三パーセント(右納期限の翌日から二か月を経過した日以後は年一四・六パーセント)の割合で延滞税がかかる旨の記載がある(甲三)。

(三) 原告は、平成四年九月二五日、本件課税処分を不服として、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、平成五年四月二〇日付けで、これを棄却する旨の裁決をし、そのころ原告にこれを通知した。

(四) 原告が本件課税処分により納付すべき税額を納付期限までに完納しなかったので、被告は、平成四年九月一八日付けの督促状により、その納付を督促する処分(以下「本件督促処分」という。)をした。

(五) 原告は、本件督促処分を不服として、平成四年九月二九日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年一一月二〇日付けで、これを棄却する旨の決定をした。原告は、これに対しなお不服があるとして、同年一二月二一日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、平成五年四月二〇日付けで、右請求を棄却する旨の裁決をした。

2  原告は、当時、染物小売業を営む青色申告者であり、平成三年分の原告の所得は、所得税青色申告決算書(乙一)に記載された右事業による所得金額である一五八万〇〇二六円のみで、右以外の所得はなかった。

3  原告は、原告と生計を一にする子でその年分の合計所得金額が基礎控除の額に相当する金額以下である者を有しない。

4  そうすると、原告の所得は、給与所得控除をなしうる給与所得(所得税法二八条一項)ではなく、事業所得(同法二七条一項)に該当し、また、原告は同法二条一項三一号の二所定の「寡夫」に該当しない。したがって、原告に給与所得控除及び寡夫控除の適用はないとした本件更正処分は、所得税法の各条項に基づくものである。

二  争点

被告の本件課税処分及び本件督促処分が、原告に給与所得控除及び寡夫控除を認めなかった点において、憲法一四条、二五条等に違反するか。

第三争点に対する判断

一  本件更正処分の違憲性に関する原告の主張

1  憲法一四条一項違反について

(一) 原告に給与所得控除を認めない点について

所得税法二八条二項は、給与所得者のみに給与所得控除を認め、事業所得者にこれを認めないという区別をしている。事業所得者は法律に基づいて記帳し、決算を行った上で確定申告をしており、税務調査も行われているから公正な申告であり、他方、記帳なしで経費の概算控除を受けている給与所得者の方が不明朗であるから、給与所得者と事業所得者とで捕捉率が異なり、給与所得者に不利になっているとはいえないこと、事業所得者は確定申告以後に税金を納付するのに対し、給与所得者の源泉徴収は支払うべき税額の確定を待たずに行われているが、確定申告までの間の金利相当額は少額に過ぎないことからすれば、給与所得者と事業所得者との間の右区別は、合理的な理由に基づくとはいえない。給与所得者と事業所得者との間の平等・公平は、給与所得者に対する給与所得控除を廃止し、実額の控除のみを認めることによって、図られるべきである。したがって、原告に給与所得控除を認めない右区別的取扱いに基づく本件更正処分は、法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反する。

(二) 原告に寡夫控除を認めない点について

所得税法八一条、二条一項三一号によれば、居住者が寡婦である場合には、「扶養親族その他その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するもの」であれば合計所得のいかんによらず、また、扶養家族等がない場合でも一定の要件に該当すれば、寡婦控除を受けうるのに対し、同法八一条、二条一項三一号の二によれば、居住者が寡夫である場合には、「その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有し、かつ、合計所得金額が五〇〇万円以下で」ある場合に限って、寡夫控除を受けることができるとされている。これは、合理的な理由がないのに、性別や社会的関係によって差別的取扱いをするものであるから、法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反する。

2  憲法二五条一項違反について

給与所得者に認められる給与所得控除の実質は、所得を得るための経費ではなく、生計費の控除である。原告は商品を展示して小売をする店舗を有していないこと、その仕事の内容は会社勤務の営業員と同じであること、他者を雇用して従業員から収益を得てはいないこと、個人の勤労によってすべての所得を得ており、資産性所得はないこと、福利厚生費の計上を認められていないことからして、実質的には給与所得者である。また、生活保護法の趣旨から所得税を賦課すべきでない金額を計算すると約一四〇万円となるところ、平成三年の原告の所得金額は一五八万〇〇二六円であるから、給与所得控除及び寡夫控除が認められないと、原告は最低限度の生活を営むことができなくなる。したがって、原告に給与所得控除を認めない本件更正処分は、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると定めた憲法二五条一項に違反する。

3  憲法一三条違反について

本件更正処分は、個人を尊重した申告制度で申告した原告の生命の基となる所得に対して、給与所得者よりも重税を課するものであり、原告の幸福追求権を侵すものであるから、憲法一三条に違反する。

4  憲法一一条及び九七条違反について

被告は本件更正処分により、原告の基本的人権の一つである生活権を破壊し、苦痛を与え侵害を続けているから、被告の右処分は、国民の基本的人権の尊重を定めた憲法一一条及び九七条に違反する。

5  憲法九八条一項違反について

所得税法の条項のうち、事業所得者に給与所得控除を認めない部分及び寡夫控除に関する部分は、右のとおり憲法の右各条項に違反するものであるから、憲法が国の最高法規である旨を定めた憲法九八条一項により無効である。

6  憲法一八条違反について

原告は、被告による本件更正処分から始まった一連の処分の続行により、行政隷属を強制され、苦役に等しい苦痛を余儀無くされた。したがって、右一連の被告の行為は、奴隷的拘束及び苦役からの自由を定めた憲法一八条に違反する。

7  憲法九九条違反について

右のとおり、本件更正処分は憲法に違反するものであるから、国家公務員である被告がこれらを行ったことは、国家公務員の憲法尊重擁護義務を定めた憲法九九条に違反する。

8  憲法二九条一項違反について

なお、被告は、平成五年三月二二日付けで、原告の銀行預金の差押処分を行った。右のとおり、本件更正処分は違法であるから、これに基づく右差押処分は、原告の財産権を不当に侵害するものであり、財産権を保障した憲法二九条一項に違反する。

二  検討

1  憲法一四条一項違反の主張について

(一) 憲法一四条一項の規定は、国民に対し絶対的な平等を保障したものでなく、合理的理由のない差別を禁止する趣旨であり、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではない。

また、租税は、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再配分、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるに当たっては、財政、経済、社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるに当たり、極めて専門技術的な判断を必要とする。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねられており、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきものと解される。

そうすると、所得税法が所得控除の要件を定めるに当たり、所得の性質の違いや、性別や社会的関係等を理由として取扱いに区別を設けたとしても、立法府が裁量権の範囲を逸脱し、その区別が著しく不合理であることが明らかでない限り、その区別の合理性を否定することができず、憲法一四条一項の規定に違反するとはいえないと解するのが相当である。

(二) これを本件についてみるに、まず、給与所得控除につき、所得税法は、給与所得と事業所得とを区別し、事業所得については、その収入を得るための必要経費の実額を控除して所得金額を算定するのに対し、給与所得については、給与所得控除として収入金額に応じた一定金額を概算により控除する制度を設けている。この制度は、給与所得者と事業所得者の租税負担の均衡に配慮しつつ、給与所得者はその数が膨大であるため、各自の申告に基づき必要経費の額を個別に認定して実額控除を行うことは、技術的及び量的に相当の困難を招来し、ひいて租税徴収費用の増加を免れず、税務執行上少なからざる混乱を生ずることが懸念される等の弊害を防止することを目的とすると解されるところ、租税負担を国民の間に公平に配分するとともに、租税の徴収を確実、的確かつ効率的に実現することは、租税法の基本原則というべきである。また、事業所得者は、その収入を得るのに要した経費の全額を被課税所得から控除できるのであるから、事業所得者に給与所得控除を認めないことが著しく不合理であるということはできない。したがって、所得税法が必要経費の控除について事業所得者と給与所得者との間に設けた前記の区別は、憲法の右規定に違反するものではない。

(三) 次に、所得税法上、寡婦控除と寡夫控除とで適用要件が異なることは、原告指摘のとおりである。そこで、この区別と憲法一四条一項との関係を検討するに、寡夫控除の制度は、昭和五六年の税制改正に当たって(昭和五六年法律第一一号)、従前は寡婦についてのみ所得控除が認められていたのを、父子家庭のための措置として、妻と死別し、または離婚した者のうち一定の要件を満たす者について、寡婦控除に準じて新たに設けられたものである。所得税法が、そこで総所得金額が基礎控除の額に相当する金額以下の扶養家族等がいる場合にのみ寡夫控除を認めたのは、寡夫と寡婦との間の租税負担能力の違いその他の諸事情を考慮した結果と考えられるのであるから、立法府がその裁量の範囲を逸脱し、この区別が著しく不合理であるということはできない。

(四) したがって、本件更正処分は、憲法一四条一項に違反するものではない。

2  憲法二五条一項違反の主張について

(一) 右条項にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的、相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様かつ専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって、右規定に答えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱又は濫用と見ざるをえないような場合を除き、違憲の問題を生じないものと解すべきである。

(二) 本件につきこれをみると、約一四〇万円までの所得に対しては所得税を賦課すべきでないとの原告の主張は、独自の見解に基づくものであって採用することはできず、原告が、所得税法中の給与所得控除及び寡夫控除に係る規定が著しく合理性を欠き、明らかに立法府の裁量の逸脱又は濫用と見ざるをえない理由を具体的に主張していると認めることはできない。

また、原告は、その総所得金額を算定するに当たり、その事業所得を得るための必要経費の実額を全額控除していることに加え、青色申告控除として一〇万円、生命保険料控除として四万九七二〇円、損害保険料控除として五八二五円、基礎控除として三五万円をそれぞれ控除していることも証拠上明らかである(乙一、二)から、原告にこれらの控除とは別に給与所得控除及び寡夫控除を認めないことが、明らかに立法府の裁量の逸脱又は濫用に当たるということもできない。

(三) したがって、本件更正処分は、憲法二五条一項に違反するものではない。

3  憲法のその他の条項の違反の主張について

さらに、原告は、本件更正処分が憲法一一条、一三条、一八条、二九条一項、九七条、九八条一項及び九九条にも違反すると主張するが、これらの主張は、憲法一四条一項又は二五条一項の違反のあることを前提とするものであるところ、その違反のないことは前記のとおりであるから、原告の右主張はいずれもその前提を欠き失当である。

4  したがって、本件更正処分は、憲法に違反するものではない。

三  本件加算税賦課処分の有効性

1  原告は、本件更正処分が憲法に違反するから、本件加算税賦課処分も違法であると主張する。

2  しかしながら、前記のとおり本件更正処分は、憲法及び所得税法に適合する正当なものであるから、原告が、平成三年分の確定申告に当たり所得金額を過少に申告したこと及び寡夫控除を適用したことにつき、国税通則法六五条四項に定める正当な理由があったとは認められず、本件加算税賦課処分は、同条一項に従った適法なものというべきである。したがって、被告の右処分に瑕疵はなく、原告の主張はその前提を欠き失当である。

四  本件督促処分の有効性

1  原告は、本件課税処分が違憲・違法であるから、本件督促処分も違憲・違法になると主張する。

2  しかしながら、本件課税処分に瑕疵のないことは前述のとおりであるから、原告の右主張はその前提を欠くというほかない。

また、国税の賦課処分と督促処分とは、それぞれ目的及び効果を異にする別個の手続による行政処分であり、前者の違法性は後者に承継されず、したがって、仮に前者に瑕疵があったとしても、当該課税処分が当然無効であるか、権限のある者によって取り消されない限り、督促処分の効力に影響を及ぼすものではないと解されるところ、本件課税処分には当然無効に当たるような瑕疵はなく、また、その取消もなされておらず、さらに、原告が納付期限までに本件課税処分に係る税額を完納していないことも明らかであるから、この点からも、原告の右主張は失当である。

五  延滞税賦課決定処分の取消請求について

なお、原告は、延滞税を賦課した処分もあったとして、その取消しを求めているが、延滞税の納付義務は、納付すべき税額をその法定納期限までに完納しないときに、国税通則法六〇条の規定に基づいて、何ら特別の手続を要することなく法律上当然に発生するものである(同法一五条三項八号)。したがって、本件訴えのうち、延滞税を賦課した処分の取消しを求める部分は、取消しの対象を欠くものであるから、これを却下する。

(裁判長裁判官 川本隆 裁判官 永松健幹 裁判官 長谷川浩二)

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